尊富士の立ち合いは予想通り張り差し。しかし、筆者の想定とは活用方法が異なっていました。筆者が描いていたのは、踏み込みながら張って中に入っていく形。しかし、尊富士が選んだのは豪ノ山の出足を止めて左四つに組み止めるため、つまり四つ相撲の力士が用いる王道的な張り差しの技法でした。
一つ間違えれば豪ノ山の圧力を喰らってまともに後退、痛めた足首に大きな負担がかかりかねない戦法ですが、肚を決めて実行に移した胆力と準備とセンスには脱帽の一言。もちろん、それだけ自分の左四つに対する自信もあったのでしょう。
立合いについてより詳細に見ていくと、手着きはいつものサッと両手を着いて立つ方法を採らず。両手を着いて待つ豪ノ山に対し、左をゆっくり下ろしながら地面に着くや否や擦るように素早く右を着き、豪ノ山の出足に合わせてこめかみ辺りを一閃、この振り抜きがとにかく鋭く、豪ノ山の右脇を空けてたちまち左を返すことができました。
次に足を見ると、普段は一歩目の右足を仕切り線の手前まで踏み込むのですが、この日は張ると同時に左足に重心を移し、右足は浅く前へ出しているものの宙に浮いている状態。豪ノ山が左ハズで押し上げようとするのを左足で堪え、右からの引っ張り込みに成功すると、頭の位置を入れ替えて右から攻める体勢を作りました。
ジリジリと足を前に出して圧力をかける尊富士。左下手右上手をほぼ同時に引いて廻しをぶつけるように向正面へ寄り立てますが、右足の踏ん張りが不足して跳ねるようになり、右上手も伸びていた。土俵際右を離して突きに替えようとすると、豪ノ山タイミング良く左でその手を返し、尊富士の右はバンザイで攻めきれず。
しかし、すぐさま反動を使いながら反対の左下手で崩して攻めを休めぬ尊富士。豪ノ山が左下手を求めると、上体を前傾させておっつけの要領で右から豪ノ山の手先を抱えるようにしながら前へ。豪ノ山左を開いて左を抜きながら右で振り、さらに反対へ腰を捻って尊富士の左下手も切ったが、尊富士右肘を押し付けるようにして仰け反らせ、豪ノ山なおも左突き落としに逆転を狙うところ、尊富士両手で腹を押してトドメ。豪ノ山を西の土俵下に押し飛ばし、熱戦にケリをつけました。
かくして110年ぶりの新入幕優勝は成った。怪我をおしての闘志あふれる土俵は、本人が望む通り、記録のみならず多くの好角家の記憶にも鮮烈に刻まれたことでしょう。
その評価について、一家言がないとは言いませんが、今日という日にあえて口を挟むのは無粋というもの。今はただ歴史的快挙の余韻に浸りつつ、擱筆することとします。
皆様、今場所もご覧いただきありがとうございました。
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