佐渡ヶ嶽部屋

<所属年寄・裏方一覧>
師匠 佐渡ヶ嶽(元関脇・琴ノ若)
年寄 粂川(元小結・琴稲妻)
年寄 白玉(元幕内・琴椿)
年寄 濱風(元幕内・五城楼)
行司 式守輝乃典(幕下格行司)
行司 式守志豊(幕下格行司)
呼出 琴三(幕内呼出)
呼出 琴吉(幕内呼出)
年寄 床東(四等床山)
床山 床響(五等床山)
若者頭 琴千歳(元幕内・琴千歳)



<近況>
・元年名古屋新十両の琴ノ若が所要4場所、同九州新十両の琴勝峰も所要3場所のスピードで新入幕昇進を果たす。2年夏場所の新番付では幕内下位に「五琴」がズラリ。
・6人目の関取昇進に向けて…2年春場所琴太豪が自身初めて幕下5枚目以内(西2枚目)で勝ち越すも、無念の昇進見送り。再開明けの名古屋は土俵人生を賭けた場所になる。


当ブログが推す有望5力士
琴太豪
(生年:平成5年早 出身:大分 身長:188センチ 体重:140キロ)
4年半前に書いたリンク先記事をはじめ、それ以前も以後もTwitterでも何度となく取り上げてきたゆえ贔屓に近い実感を抱いている存在である。
あまり出世の速い・遅いを論わない筆者であっても、この人の十両昇進には「待ったなし」の声を掛けるよりほかない。
そう書いたのが昨年度分の記事。去る春場所、いよいよ関取の地位を掴んだかに思われたが、上記の通り不運な見送りを食らい、今年度分の記事にも登場させざるを得なくなってしまった。

技術的な指摘も書き尽くした感があり、体力面も理想モデルに掲げた阿夢露の往時を追い抜かんとするほど。残されしは一にも二にも「この一番」を勝ち抜く精神面の問題だけだ。
その点、見送りの結果はともかく、3-3で迎えた十両との取組で勝ち星をあげることが出来た2年春場所の戦果は小さくないはず。今度こそ!1ファンとして祈らずにはいられない心境である。


琴翼
(生年:平成4年早 出身:愛知 身長:176センチ 体重:127キロ)
部屋伝統とも言うべき遅咲きのキャリアに花を咲かせ、大きく羽ばたかんとしている28歳。
30年秋に幕下通算6場所目で初の勝ち越すと、31(元)年は中位に定着。さらに2年初・春と連続で5番勝って、夏場所新番付では自己最高位かつ自身初の15枚目以内へと躍進した。

相撲ぶりについては、一言で言うなら曲者。相手にとっては間違いなく嫌らしさ・取りづらさを感じるタイプだが、出入りが激しすぎるというか、かき回さんとする思いが先行するあまり寧ろ損をしているような印象もあったのが従来。最近は何をするにしてもまず一つ当たってから、自分を中心に相手を動かしていくという理想を体現できているのが好成績の要因だろう。
相手の腕を引っ掛け気味に回り込みながら、あるいは得意とする左前廻しを引いてからの崩しで相手の横ないし後ろについて決める送り出しは通算勝利数のうち2番目に多く、これだけ送り出しで勝つ力士は珍しい。また、相手のかかと付近に掛けて鮮やかに刈り倒す外掛けの質も高く、相手の逃げる方へと膝をぶつけるように素早く足を送る技能は切り返しの決まり手として現れることもある(2年初の北勝就戦は外掛けというよりは切り返し気味の決まり方であった)。


琴大龍
(生年:平成5年 出身:福岡 身長:176センチ 体重:117キロ)
幕下に王手をかけた一番で7たび敗れ続けた末、30年初場所で念願の新幕下。同名古屋で初めて勝ち越すと、31年以降は2場所を除いて幕下に在位。上位の番付も経験し、今後がますます楽しみな存在となりつつある。

この部屋の力士らしく、得意の左を差し、肩を十分につけて相手に密着する技術は一級品だが、上位に近い番付ともなれば、その型に持ち込むまでが…となるのは数多の力士たちが通ってきた道。
軽量であるにも関わらず、どうしても立ち合いで受けがちとなり、せっかく左を差せた場合でも、上体が起きて右で抱え込むような体勢を強いられ、苦し紛れの左下手投げで相手を呼び込んでしまうケースが。いかに右を早く有効に使えるようにするか、その為にはやはり立ち合いの強化が最大の優先事項だろう。幅を広げるのか、一つのことを磨き抜くのか。いずれにせよ、もう一段の工夫が求められる。


琴裕将
(生年:平成6年 出身:奈良 身長:181センチ 体重:133キロ)
法大レスリング部を中退して21歳で入門。デビューから2年足らずの30年初場所で幕下昇進を果たした。30年秋には幕下22枚目まで進出も、そこから2場所連続の1-6。その後も幕下中位~三段目上位を行き来する状況で、そろそろ浮上のキッカケを掴みたい。
ハズにかかる格好の良さのみならず、下半身が硬くバッタリ行きがちなところまで栃煌山とよく似ている。不調時には上半身の使い方に神経が行き過ぎて足が動かないような内容が多くなってしまうのが課題か。
ただ、26歳という年齢以上に土俵歴は若く、今しばらくは辛抱強く押し(ハズ・おっつけ)の型を磨き上げていくことに尽きるだろう。


琴砲
(生年:平成9年 出身:宮崎 身長:175センチ 体重:156キロ)
28年春のデビュー直後に膝の怪我で番付外へ。29年夏の再起以降は順調な出世ぶりで、元年名古屋新幕下昇進。その後も上り調子は続き、2年春場所には西28枚目まで上がった。

パンパンに張った上半身と横幅の広さが際立つ典型的なあんこ型。砲(おおづつ)のように下から上へと突き上げる迫力満点の出足相撲が持ち味だ。小さく入って、相手の中で大きく成るを体現できたときのもろハズ速攻には目を見張るものがある。
反面、膝や足首の状態は現在も十分とは言えず、勢いだけに任せてしまうときには下半身がバタつきがち。小刻みに足を配れないために伸び上がったところを捕まったり、足が揃って前に落ちたりするのが惜しい。
その点、部屋の琴勇輝、或いは一門の大関貴景勝を手本に、突いては当たり突いては当たりのコンビネーションでジリジリと相手を追い詰めていく術を身に着けられれば大きな武器となるはずだ。


琴佐藤
(生年:平成14年早 出身:山形 身長:179センチ 体重:123キロ)
昨年度分および今年度分の「有望力士ランキング・最高位三段目以下ver」にも隠し球としてランクインさせた米びつ候補。
30年11月の序二段上位、まだまだ体つきも幼い16歳が、左肩を出しながら右足で踏み込んでの右前廻し狙いという大人びた相撲の取り方をしていて驚かされた。
小さいながらも固太りでバランスの取れた体型、まだまだ正しき型のもとで取る相撲に体力が追いつかず敗れる相撲も目立っていたが、2年春場所、三段目付出デビューの深井を左四つに組み止めての下手投げで圧倒し、逸材の面目躍如。5連勝後の連敗も実力者相手の善戦で、地力の向上を十分に証明できる相撲内容だった。

まずは同部屋・同世代・同地位にひしめく4~5人のライバルともども、しっかりと三段目に定着するのが当面の目標ではあるものの、勝ち方に再現性がある分、本格的に体が出来始めた(昨年度分の記事更新時と較べて身長は4センチ伸びて、体重は10キロ増加)今、急激に伸びたとて意外性はないはずだ。


琴隆成(生年:平成8年 出身:佐賀 身長:168センチ 体重:123キロ)
左太もも裏の大怪我で三段目から番付外まで落ちたこともある苦労人。不屈の闘志で幕下へと上がり、さらなる上昇を見据える。
以前は差した際の肩の使い方や体の寄せ具合に非凡さを感じていたが、新幕下で見事勝ち越した31年初場所を見ても、現在は押し相撲のカテゴリが適する力士へと育ちつつある。立ち合いの呼吸を掴むのにも長けており、先手を取った上で中に入るなり食いついて崩すなり出来れば、持ち前の上手さもより効果的に生かされるだろう。
ここ1年ほどは三段目を抜けられず、2年春は7戦全敗を喫するなど不振に陥っているのは気がかりだが、年齢的にもまだまだこれから。悪いところがあるのなら、本場所休止の期間を有効に用いて回復に努めてもらいたい。



※あまりにも対象力士が多いので、ここからはフラッシュ形式で。

30年九州新幕下の琴力泉(H6早 岩手 180 119)は、郷土の大先輩にあたる栃乃花(現二十山親方)を思わせる下から跳ね上げておいてのもろ差しと前廻しを浅く引いての寄り身。
31年春新幕下でいきなり6勝をあげた琴誠剛(H6 福岡 184 132)は、膝の大怪我によって三段目上位から序ノ口まで番付を落とすこと三度、初土俵から6年でついに博多帯を締めた苦労人だ。

30年デビュートリオも面白い。琴紺野(H12早 北海道 181 129)は右喉輪左おっつけ、琴粂(H15早 山形 183 127)は胴長の体型を活かした二本差し狙いと基本戦略が定まっている。わんぱく相撲などで実績を上げてきた琴伊藤(H14 秋田 178 114)もさすがのセンスを有しており、両足跳び気味にふわっと出る立ち合いに強化の跡が見られた31(元)年は、三段目中位近辺まで進出。今後一層高い次元での出世争いが展開されるだろう。
31年デビュー組では、柔道経験者(中京学院大中京高)琴進(H13早 岐阜 186 151)が30年組に追いつけ追い越せの早い出世。ゴツい体で思い切りかち上げ(或いは体当たり)てからの豪快な突き放しは荒削りそのものだが、元年名古屋では高校相撲のエリートとして鳴らした同学年の北の若を力任せに押さえつけてしまった。本格的な開花には時間を要しそうではあるものの、千代大豪や神谷(陸奥)に似たフィジカルモンスターとして未知の魅力を抱かせる。






昨年度分の記事はこちら

四股名拝見
琴櫻の12代が49年名古屋場所前に現役引退して11代白玉を襲名したとき、琴錦の11代はまだ52歳。ゆえに白玉は引退後の独立が既定路線と言われていた。
しかし、引退発表から僅か10日後に11代が急逝したことで状況は一変。白玉が急遽佐渡ヶ嶽を名乗り直して、後継の座に就くこととなったのである。

もし、当初の予定通りに琴櫻が白玉部屋を興していたとすれば、11代の出身地に由来する「琴」の専売特許は認められない可能性が高く、(全員が白玉部屋に入ったとは限らないが)のちの「7琴」は軒並み違う四股名に、すなわち娘婿にも「琴ノ若」を名乗らせることは出来なかっただろう。
とすれば、白玉の白を取った(白ノ若・白ノ富士・白椿…)のか、四股名の櫻を取ったのか、それともまったく別の発想から命名方式を編み出したのか。
一旦こういうことを想像し始めると止まらなくなってしまうのは、相撲狂いのどうしようもない習性である。





にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村