逸ノ城駿 出身:モンゴル 生年:平成5年 所属:湊 身長:191センチ 体重:206キロ 

<立合い分析>
右は殆どの場合差すか固めるかに終始しているが、左では前廻しを狙ったり、張ったり、引っ張りこんだり、はたまた肩を突いてみたりと相手によって複数の取り方を採用している。
取組前後の纏まりあるコメントを聞いていても、研究科肌と言うべきかどうかはさておき、取り口にせよトレーニング方法等にせよ、(白鵬などと同様に)実は色々なものを取り入れてみることが好きなタイプなのではないか。

デビュー当初の上からかぶさるような当たりはだいぶ解消され、発展途上とはいえ、重みとともに鋭さが出て、相手の腰を浮かせる場面も見られるようになってきた。


踏み込み足:左
手つき:どんな場合でも、先に手をつかせようとしていたデビュー当初から改善し、相手に応じて両手を着いて待つのと、サッと両手を着いて立つのとを併用している。
呼吸: やはりデビュー当初から改善し、できるだけ相手との呼吸を合わせんとする意図が見えるようになった。先に両手を着いて待つ場合の仕切りが多少早くなる場合もあるが、大体は相手が遅いと言える状況でもあり、許容範囲内であると看做しても良いだろう。


☆主な立合い技
左前廻し
相四つ力士との対戦時
引っ張り込み
体格差のある相手を捕まえたい場合など 右は相手に応じて差す場合も固める場合もある。
張り差し
動きのある相手を止めたい場合など
右固める(右かち上げ)
喧嘩四つ相手の場合などに。当たり勝ってすぐに差せればいいが、相手の差し手を跳ね上げるようにして(左も使いながら)突き放しに変えることも見据える。
左上手
やや変化気味に左へ動いて上手を探る。



<攻防分析>
右四つに組んだ際は、右半身で右下手を十分に引けば有効な攻め手がない代わりに兎に角重く、持久戦に持ち込んで、じっくりと勝機を探る。
当然、相手は右を使わせないような攻め方を徹底してくるので、現在は自らも右を固めて当たり、左右で挟み付けるようにしてジワジワと無理なく前へ圧力をかけながら右四つを果さんとする形を磨いている。適度に突き放しも入れて、なるべく相手を正面に置き逃さぬことが要領となるだろう。
あくまで右を使う取り口ゆえ、左四つになった場合は深くとも右で上手が欲しい。照ノ富士や栃ノ心とは違い、左半身にさせられると何もなくなってしまう。

☆主な得意技
右下手
右半身で十分に下手を引けばとにかく重く、持久戦を厭わぬ取り口は、得意四つや背丈の違いを考えないのであれば出羽錦を思わせるところも。
半身になることが多い所以の癖か、右四つがっぷりに渡ったときも顔が逃げて差し手の方を向かないのは幕内上位で取る力士の技術としては寂しい。
左上手投げ(右首ひねり)
左で上手を引くも、右を上手く使わせて貰えないときに、右で首を押さえながら振り回さんとする。入幕当初に乱用。決まれば豪快だが、ひとたび覚えられてしまえば幕内上位ではそうそう通用しない。右下手を十分に引いた上で、下手方向の捻りを生かしながらの上手投げならば合理的なのだが、それは殆どやらない(両廻しを引けばあくまで寄りに徹する)のも不思議といえば不思議だ。
左で上手を引いていないときにも右から首ひねり気味に呼びこむことがあるが、いずれにせよ、こういう技をなるべく使わないためにも、攻めの相撲を覚える必要がある。


<平成30年の見どころ>
この人くらいの体があれば(+前後左右への動きが鈍いという欠点も踏まえれば)シンプルにどしっとした相撲を取るのが一番。そのための体力作りに勤しんでいる矢先、腰を痛めて1年余り停滞したが、焦らず徐々に体調を戻し、29年九州での活躍に繋げた。
体力強化が立合い強化に結びつき、早い決着が増えればその分だけ、腰や膝にも負担はかからない。頭の良い力士、研究熱心な力士ゆえ、自らが進むべき方向性は理解しているはず。自信を持って稽古場通りの相撲を取り切りたい。
「無理なく攻めることが型よく守ることにも結びつく」という取り口を向こう1年でどれだけ進化させられるか楽しみだ。