あまり時間もないので、全2回でコンパクトに纏めていきます。

白鵬 
上半身で相手を動かし、下半身が追いつかない内容はやはり少なからず見られ、本人の土台が揺らぎ始めている点と対戦相手の地力が接近している点が競合しながら、24年下半期以降で構築してきた「組んで良し離れて良し」の勝ち味、その実質を削り始めている感は否めない。
それでも、13日目稀勢の里戦、1度目で勢戦、高安戦の過ちを繰り返し、ついに取り直しのやむなきに持ち込まれた後の一番で見せた、あの「モロハズ」の迫力と執念、何よりその型の美しさは圧巻で、第一人者としての変わらぬ絶対感を植え付けて然るべき内容でした。
この横綱が「後の先」という概念をどう解釈しているのかについてあえて踏み込みませんが、本質としては、やはり「下から上へ」の意識です。それは往年の白鵬が有していた強さの根拠とも齟齬がないものであり、即ちこれからの白鵬にとって、目指したいものでありながら、取り戻すべきものでもある。
ゴチャゴチャ書きましたが、この稀勢の里戦(取り直しの方)が新たなキッカケになればと期待します。

場所後のこと
それで赦されるものでないことは承知していますが、旭天鵬が庇った通り「飲み過ぎた」んだと思います(苦笑)
内容が的はずれであったことは自分でよく分かっているでしょうし、個人的にはもうアレコレ言う必要はないと思う。 品格どうこうを言って改善を促すならば、ここ1年とかではなく、ずっと前の時点だったと思いますし、それをせず、寧ろ稀勢の里との酷評されるべき立合いの駆け引きを「真剣勝負の醍醐味」などと持て囃しさえした人たちが、今になっていくら声を大きくしたところで、逆により硬直化した状況を招くばかりでしょう。
ともあれ、周りがどうにかできる段階は過ぎましたから、あとは横綱が気付いて思い直してくれることを願うしかない。決して諦めでも受け身でもなく、それ以外の方法はないとしか書き用が無いですね。

後は場所中にも書きましたが、年齢層的に比較的若く、「日本人中心」の見方が大勢とは言いがたいネット上でも、あの一番を「どう考えても白鵬が勝っている」と捉えたファンの数が極めて少なかったことにだけはつくづく安心しました。どっちの勝ちでも取り直しでも色々な見方が成立する、それだけ微妙なケースでしたから、最終的に個々がどう見るかは自由なのですが、それ故に「どう考えても」というフレーズが挟まる余地だけはない決着、そのことを大多数の相撲ファンとの間で共有できたことが純粋に嬉しかったですね。


日馬富士 
軽量ゆえの悲哀でもありますが、逆転技に「決め手」を持つ相手に対する攻め急ぎで適正な手数を欠いた2つの取りこぼしによって、せっかくの好調ぶりをフイにしたと言わざるを得ない。
前半戦は出足だけに頼らず、攻めてからの横への動きなどで相手の下半身を動かすような激しくも落ち着いた取り口を見せていて、白鵬よりも良かったくらいでした。この水準を維持していけば賜杯は手に届くところにあるはず。優勝から遠ざかり、横綱としては苦しい時期ですが、ひたむきに続けていくしかありません。


鶴竜
蜂窩織炎によるコンディション不良で10勝どまり。内容も消極的なものが多く、ここ2場所の安定感を維持することが出来ずに早々と優勝争いから姿を消してしまいました。
横綱自身も気付いているとは思うのですが、体格的にはここ1年くらいで本当に大きく分厚くなりましたから、右四つ十分で渡り合えば技術の高さも相まってそうそう負けることはないはずなんですよね。
もっともっと自信を持って正攻法に徹すれば絶対安定した結果が付いてくるだけの力があります。前廻し狙いで鋭く踏み込んで、まずは相手に圧力をかけた上で何かをする。原点回帰でもう一度その意識を徹底させ、そのために費やすならば1場所、2場所は惜しくないというくらいの覚悟があれば、下半期以降に賜杯を複数にわたって抱くことも不可能ではないでしょう。


稀勢の里
ずっと書いてきた右足の踏み込みが漸く戻りつつあり、後ろ重心になって足が揃い云々(以下、昨年九州後の全関取レビュー参照)の不安もだいぶ薄らいできましたから、左右からのおっつけ・ハズといった持ち味も久々によく活きて、13年水準の安定感に復したという印象。
そんな好印象も琴奨菊戦で突き落としに右膝から崩れ、顔をしかめて引き上げていく姿を見て水泡に帰したかに思われましたが、以降3日間逆に下半身の動きが軽くなったかのような強さで星を伸ばし、一番最後まで優勝争いに残ったのだから、大関としては及第点以上の成績を残したと評せる場所でした。
今後に向けては、膝・足首のケアを十分にして、この場所の水準から下げないことが先決。それができれば一昨年同様、要所での勝ち運も伴ったときに13勝以上の余地も出てくるでしょうから、今度こそチャンスを活かせるかどうかという向こう数場所の展望となってきそう。

琴奨菊
カド番場所のほうがこの人らしい「精神一到何事か成らざらん」の気迫がよく伝わってきますし、今回も例に漏れず良さを出しきった場所になったのではないかなと。今の番付を見て、相対的にまだまだ大関を保つだけの地力も資格も十分に具えています。婚約を機にもうひと踏ん張りして下半身を苛め抜き、終盤まで優勝争いに絡める場所を増やしてもらいたいもの。

豪栄道
7敗してからの3日間、取り終わった後のただならぬ動悸ぶりを見るに、個人的にはとても「開き直って」取れていたようには見えませんでしたし、この苦境を乗り越えたことが今後への糧になるはず・・・という安易な定型句で楽観するつもりもないですが、実際どれほど追い込まれて、どれだけの人の顔を頭に過ぎらせながら相撲を取っていたかを想像すれば、どうにかこうにか乗り切れたという事実が本人の中に何らかの良い影響を齎したであろうことを信じたくもなります。

場所中にも書きましたが、改めて振り返ると、2日目照ノ富士戦は何度見ても、もし相手の身体が膝の上にのしかかっていれば・・・と薄氷を踏む思いがします。場所の成績がどういったものになろうとここで大怪我を負わされるよりはマシだったろうし、まして大関に残り、その誇るべき地位のままで地元に還ることができたんだからそういうことをどこまでもポジティブに捉えて、前向きに取ってほしい。

ここ3場所を見て色々なことが分からなくなっているので(苦笑)近年得意とする大阪での復活劇を願いつつ、ひとまず技術面の記載は先送りしたいなと思っていますが、あえて1つだけ挙げるなら、自分より体の大きい力士とまともに胸が合って取る相撲を力と技で凌ぎ切っていた以前のような相撲はもう取れないし、取れたにせよ体に与える負担が甚大となります。初場所は照ノ富士戦の負けでその意識が悪い方に出すぎたのか、続く栃ノ心戦、逸ノ城戦と左から何も出来ず、ただ相四つの相手に右を差すだけの取り口になってしまった。相手に右を返されると忽ち上体が置き、胸が合わないように右半身で下手投げを連発するだけでは内容的な浅さは否めないし、左上手で相手の下に入って、(相手には上手を与えずに)食い下がる形を多く作ることによる打開がなければ「上を目指す」ような強みにはなりえません。その点、3人との対戦は大阪でも続きますから、「今後」を測る恰好の資料として、内容を精査していければと予定しています。


逸ノ城 
序盤にちらっと書いたのですが、体重増の悪影響が腰や膝に出ているのかというような脆い場面が散見され、研究されたからこその敗因と同居する初負け越しの要因になったように感じられました。場所後のトーナメント、稀勢の里戦での花相撲と思えないような激戦で右膝を痛めたという報道もあり、心配が募ります。
取り口としては右四つ対策というのもそうですし、割と小手先の攻防に持ち込むとお付き合いして上体に意識が集中するので、その隙に下半身を動かすというのも多くの力士が覚え始めた攻略法となりつつあります。
師匠の指導も、ちょっと前までは立合いの角度を修正して左前廻しをどうこうと書かれてた覚えがあるのですが、今場所中の中継では武蔵丸のような右を差し込み、グイグイ突きつけていく相撲を取ってほしいとか言っててやや錯綜気味な感も。
もっとも、個人的には最新(?)の指導法が今の逸ノ城によりフィットしたやり方だと思っているので、右が差せない時すぐに引いてしまう癖の修正に全力を尽くしつつ、右を差すために右足を前に出すという基本的な動作を繰り返し、しつこくそれをやり続けるという取り組みでいけばいいのかなと。右四つ左上手を引いてからの攻めはすでに完成度が高いわけで、とにかく形を作るまでの流れをどう刻み込ませるか。体があるわけですから、やり方としてはシンプルであればあるほど良いですよね。

照ノ富士
上位戦では張り差しなどのケレン相撲が多かったと見られ、また終盤同格以下になかなか勝てず楽日まで勝ち越せなかったという点も挙げて、あまり評価しない向きもあるようですが、前者についてこれまでは甘さの目立った立合いで先手を取るための模索として、張って差したあとの流れまでもしっかりとイメージされた相撲を取っていましたから、決して安易な仕掛けではなく、個人的には良い印象の方が強いくらいでした。
もちろん、妙義龍戦だったか、右で張って左を差しにいかんとするのを完全に読み切られて、右おっつけで横を向かされた完敗が証明する通り、そうそう上位の相手に通用する技ではありませんが、あくまで過渡期にあたる時期に取り組む努力や工夫の一つですし、それができる力士なればこそ、失敗を踏まえて次に活かす手はずも整えられるはず。新十両の頃の突っ張りが忘れられない立場としては、いよいよそれを解禁するための「前振り」なんじゃないかと、まず当たらないであろう読みを発動させたくもなりますが、どうあれ場所を経るごとに体を生かすという前提をベースに取り口の幅を広げながら、より雄大なる存在感を身につけ、成長を重ねています。
少し前までは典型的な「素材型」と観ていましたが、先々場所より先場所、先場所より今場所と器用な面が目立ち始めて、ますます奥行きのある力士へ育ちつつあるなと感じるところ。

もちろん、逸ノ城のように右四つガチガチに固めていくのも理想ではあるけど、この人の場合、あくまで右に執着する逸ノ城とは違い、根が色々やりたがる力士なのかもしれません。それに加え、先の師匠である二代目若乃花にせよ、今の師匠にせよ、弟子にあまり口やかましく1つの型を極めよと指導するタチではないのもあってか、
現時点でそういう個性が出来上がっていますから、現実的になかなか直すのは難しいという側面と、逸ノ城とはまた違った型のスケールに育って欲しいという楽しみもあり、最終的には現状を伸ばせば良いのかなという結論に落ち着きたくなりますよね。